■新しき村について

「新しき村? 白樺派の武者小路実篤が創ったって、むかし学校で聞いたことがあるような気がするけど、まだ続いていたんだ。」とお思いになる方もいらっしゃることでしょう。
「一体どこにあって、そこに住んでいる人は何をしているの? その理想とするところは? 歴史は?」ここでは、簡単ですが、そんな疑問にお答えします。


1.新しき村の精神を簡単に書くと

全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に生長させることを理想とする。
その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。
その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽、幸福、自由の為に、他人の天命と正しき要求を害してはいけない。
全世界の人間が我等と同一の精神をもち、同一の生活方法をとることで、全世界の人間が同じく義務を果せ、自由を楽しみ、正しく生きられ、天命(個性をふくむ)を全うすることが出来る道を歩くように心がける。
かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ、それを全世界の人が実行することを祈るもの、又は切に望む者、それは新しき村の会員である。我等の兄弟姉妹である。
されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入ることによって、入ろうとすることによって、それ等の人が本当に協力することによって、われ等の欲する世界が来ることを信じ、又其為に骨を折るものである。


2.新しき村の現状(2009年)

●所在地
350-0445 埼玉県入間郡毛呂山町大字葛貫423番地1
電話・FAX 049-295-5398(事務所)

●土地
10ヘクタール 借地約3ヘクタール

●村内生活者
17名(12世帯)

●村外会員
180

●生産事業
農業が主体で、採卵養鶏・椎茸・稲作・野菜が四本柱です。ほかに、季節ごとに筍・茶・梅・ゆず・ぎんなん・柿などを収穫・販売しています。土壌改良剤としての鶏糞も販売しています。加工品としては、梅干・梅サワー・ゆで卵・竹炭などがあります。村の売店で販売しているほかに、出荷しているものもあります。

新しき村の創立時から、村内生活者の日々の仕事は農業が中心でした。その理由は、実篤の言葉を借りて言えばこうです。「それは百姓の労働が一番もとだからだ。 衣食住をただにするには百姓の労働が一番近か道だ。それ以上の生活はそれからだ。」


田の草取り

●文化事業
武者小路実篤記念新しき村美術館を公開するとともに、所蔵品の貸し出しを行なっています。
2006年から、自費出版を中心とした出版事業が始まりました。
機関誌『新しき村』を毎月発行しています。


機関誌『新しき村』

●その他
理容室(村内中心)。

●建物
公会堂兼食堂(580u)、新しき村美術館(250u)、生活文化館(200u)、小集会場、アトリエ、茶室、住宅、作業場、畜舎等88棟。生活文化館(新しき村ギャラリー)は年中無休で無料公開しています。


生活文化館

●生活状況
村内生活者ひとりの一年間の生活費は、平均すると、税金等を含めて120万円強です。


3.新しき村88年の歩み

平成1811月新しき村は88周年の日を迎えます。この間の詳しい歴史を知りたい方は『新しき村五十年』もしくは『新しき村の八十年』をお読みになるのがいいと思います。ここでは要点だけをお話ししましょう。

・自他共に生きる理想の世界を目指して、新しき村は宮崎県児湯郡木城町石河内という地に鍬入れされて始まりました。先発隊は18人でした。今では宮崎空港からタクシーを利用して1時間30分くらいで行けますが、当時は日豊本線高鍋駅から山道を徒歩で行ったのです。最初の土地は田畑・山林併せて7600余坪と記されています。

・新しき村は三方を小丸川に囲まれ、対岸の石河内から村に行くのには、小舟に乗るという地形でした。当初は対岸の家を借りて通いましたが、次々と家を建て、二年目には母屋(合宿所)が出来ました。記録によると、毎月五の日を休日として、11目、48日(釈迦)、828日(トルストイ)、1114日(ロダン)、1225日(イエス)の誕生日を祭日と定めたことが記されています。

・ 武者小路実篤は皆とともに仕事をし、文筆に講演に、内外に活動し、村の仕事も農業ばかりでなく、出版に演劇にと幅広いものでした。入村希望者も数多く、離村する者も毎月のようにありました。新しき村の精神を自分勝手に解釈して、入ってきた者も相当いたはずで、共産思想の持ち主も居たようです。数年後には村内の人数は40人を超えました。

・ 
自分は村に入れないが、村の活動に協力したいとする村外会員(第二種会員とも呼ぶ)も次第に増加し、東京・京都・奈良・神戸などで支部活動が盛んになりました。16支部850人位(昭和3年)はおり、1千人、1万人になる日もそう遠くないと思ったものです。

・ 記録の中から「新しき村の主張」と言えるいくつかを掲載してみます。新しい時代が来たのだ。破壊するのは、人類は喜ばない。建設せよ、建設せよ、新しい時が来たのだ。過去の人間の声を聞くよりは、人類の内に叫ぶ声に従え。建設せよ、建設せよ、新しき工場を、新しい生活を。新しい世界を。我等はすべてのものに向って云う。手に血を塗らなければ仕事が出来ないという、旧い幽霊を捨ててしまえ。

・ 新しき村の仕事は、人々に人間的生活を知らせ、そして自己および兄弟姉妹が、人間らしく生きるのに邪魔になるあらゆる思想、制度、人生観、根性と戦い、それに打ち勝ち、人間的社会を建設するために働くのが我等の使命である

・ 大正13年実篤は村を出て、一村外会員として文筆活動に専念し、積極的に活動します。村外の活動も一層活気を持ってきました。実篤が新しき村で書いた作品の主なものは、「幸福者」「友情」「耶蘇」「土地」「人間万歳」「第三の隠者の運命」などです。この内、「幸福者」「第三の隠者の運命」は村生活なくしては生まれなかったかもしれません。皆さんに是非読んでいただきたい作品です。

・ 昭和13年に小丸川にダムが出来る事になり、村一番の水田が水没し、その補償額三千円を元に、新しい土地を探し、埼玉県入間郡毛呂山町の現在の地に、第二の村つくりが始まりました。雑木林約4千坪が最初の土地でした。およそ三坪のバンガローを手始めに、すべて手作業の開墾で村は始まりました。日支事変から大東亜戦争と大変な時代となり、物資も不足で新しき村も苦難の時代です。

・ 昭和22年、新しき村に電灯がともりました。翌23年、財団法人としての認可を受けました。土地が個人名義であっては色々な支障が生じるためです。

・ 
東の村は20年目に当たる昭和33年に自活を果たし、青年男女の入村も続き、昭和35年の年末は20人になりました。この頃の記録によると、村の土地42反。内耕地は一町7反余、宅地と道路1200坪、山林2町歩余、村外会員416人などとあります。その後も養鶏を中心に地道な歩みを続けています。
・ 1969年(昭和44年)、食堂と舞台を持つ公会堂ができ、更に1980年(昭和55年)には美術館(木造和風260u)が完成し、実篤の書画を中心に306点が収められ、展示されています。(月曜休館)

・ 1998年の新しき村80周年を機に、武者小路実篤の旧居(大正時代に日向の村に建てられ、老朽化が進んでいた)を復元することにしました。2001年に完成し、建物は木城町に寄付されました。日向新しき村が管理の委託を受け、来訪者に公開しています。

・ 「新しき村の未来」と題して、実篤は次のように書いています。僕は理想を現実までさげる事を喜ばない。同時に現実は現実と見て、それを甘く見る事は喜ばない。登山者の如く山をよく知って甘く見ず、頂上を目指して一歩一歩進む事が大事である。大勢になるといろいろの人が居る。大いにいい事だが、それだけ皆の協力に賢さが大事であり、又努カが大事になる。それがうまくゆけば新しき村は健全に生長し、やがては世界的になるであろう。

以上

4.財団法人「日向新しき村」について

新しき村の本部は埼玉の村にありますが、宮崎県が創設の地で、ここは日本の社会運動の歴史的な意義を持つ地であるばかりでなく、現在もそこに住む兄弟姉妹によって新しき村の建設が進められています。

●所在地
884-0104 宮崎県児湯郡木城町石河内1333
電話 0983-39-1139

●土地
5.5ヘクタール

●村内生活者
3世帯5

●農業
水稲1ヘクタール、畑20アール、ほか。

●建物
住宅三棟、食堂。武者小路実篤復元旧居(資料、写真などを展示)


日向新しき村を望む


日向新しき村内

5.新しき村の会員

新しき村の会員には、村内会員と村外会員の二種があります。

村内会員は、村にて義務労働を果たし、協力して生活しながら、新しき村の精神の実現に直接働きます。私達は、進んで義務労働を果たした上で、自己を成長させたり新しき村を建設したりすることに、喜びと情熱をもって取り組める入村者のあることを待ち望んでいます。

村外会員は、村の事情や当人の事情で村内会員になれない者が、村外で自分の生活は自分でしながら、自分の意志と力に応じて新しき村の建設に協力する者を言います。新しき村の精神に賛成する人なら、入会申込書に氏名・住所・電話番号をご記入頂き、6か月分以上の会費(1か月500円)をお納め頂ければ、誰でもいつでも、村外会員になることができます。会費は原則として、半分を機関紙の発行その他の対外活動の経費に当て、残りの半分は村の仕事を拡張・改良(新入村者を迎えるための)するために使います。会員へは機関誌『新しき村』を毎月無料でお送りします。入会の時は、会費の他の協力はすべて任意で、村から一切強制されるようなことはありません。退会は自由ですが、既納の会費の返済は致しません。会費のほかの協力はすべて任意で、村から一切強制されることはありません。退会は自由ですが、帰納の会費は返済いたしません。

なお、村外会員にならなくても、『新しき村』を購読することができます。購読料はひと月300円です。

入村について説明します。村はいつでも適任者の入村を待望しています。もっとも、村の住居や経済の事情により、誰でもいつでも入村することができる、というわけには参りません。村の人的・経済的基盤が確固たるものとならない内は、入村希望者の精神的適性や村の経済的要素が重視されるのはやむを得ないこととして、ご了承を得なければなりません。

具体的には、入村するためには、以下の順序を踏んで頂くことになります。

 1、まず村外会員になって、村の行事に参加したり、村の者と一緒に仕事をしたり、新しき村に関する書物を読んだりして、新しき村の考え方・実際の生活を知ること。
 2、原則として、村内会員になるためには、村外会員として3年間活動すること。村外会員になってから3年以下で入村を希望する場合は、短期滞在(1か月位)、1年間の仮入村を経て、本入村する。
 3、仮入村の期間は、本入村者と待遇上何ら差別はありません。ただし、次の諸項を守って頂きます。
仕事は、特別な技能を認められた場合以外は、村の都合でどんな仕事にも従事する。
種々の会合・行事にはやむを得ない事情のない限り出席して、村の全般の事情を知るように努める。
新しき村の考え方や歴史をよく知るために、新しき村に関する書物を読むように心掛ける。
仮入村中に限り、大部分の村内会員から離村を望まれた場合は、これに従う。
仮入村の期間が終わった段階で、本入村を希望すれば、余程の支障のない限り、本入村することができる。

40歳前後までの方で、精神的要素がある程度満たされれば、まず支障なく入村することができます。もちろん女性の入村も歓迎します。ただし、50代となると、体力面、義務労働をする期間が10年余りしかないこと、それでいてその期間ののちは、医療費も含めて生涯の生活が保障されること、を考え合わせると、入村することは難しいと言わなければなりません。年齢も含めたいろいろな問題は、村側と入村希望者との話し合いで、双方とも納得のいく形でできる限り解決したいと考えています。

新しき村は、村内会員・村外会員という二種の会員があることで、維持され、また発展して今日に至りました。

6.新しき村の当面の課題と目標

自他共に生きる世界を願う新しき村は、自分たちと同じ志を持つ人たちによって作られて行きます。したがって、同志が一人でも多くなる事が何時の時代にあっても当面の課題であると言えます。新しき村の会員についての項目で、二種類の会員があることがお分かりと思います。村内会員については自ら新しき村つくりのために働くとともに、自己を生かすべく日々努力する事で、新しき村を顕彰することが可能です。村の仕事は当初から農業が中心となっていますが、衣食住に関わる仕事は何時の時代にあっても大切なもので、数多い職業の中でもこの業こそ無くてかなわぬものといえます。新しき村の始まりは日向の村も埼玉の村も、山林を開墾し耕地にすることから始まりました。はじめは土地も痩せていて、家畜の糞尿が入って本当の耕土となるまで何年も懸かるものです。村つくりは土地作りに始まると言っても良いくらいです。88年の歴史の中で、多くの兄弟姉妹の汗が肥沃の土地に変えて行ったのです。今の村はその上に立っての仕事になります。高齢化と手不足からお茶・果樹は行き届いた手入れが出来ないでおります。またパン焼きの竈も休眠状態です。『よし! 俺がやろう!』そんな人が出てきてほしく思います。主軸となっているのは稲作・養鶏・椎茸ですが、村内の合意を得れば新たな開発の余地もあります。

村外会員については、新しき村の精神に賛同する方ならすぐにでもなれます。何万人・何十万人居ても不思議でない筈ですが、今もって千人に満たないのが不思議なくらいです。新しき村東京支部では毎週木曜日に『木曜会』を開いて忌揮の無い意見交換を行っておりますし、今年の88周年を記念して、往年の出版物の中から(詩集)を作り会員に配布するとともに、90周年には(感想集)を作る予定です。勿論一般にも頒布するものとなります。
本文をお読みになる方、貴方の「理想とする生き方」について考えてください。その上で新しき村についての武者小路先生の著書を読んでください。貴方の心に触れるものがあれば私たちの仲間に加わってください。心が集まり大きな火の玉になって光を放つようになりたいものです。(新しき村理事長 石川清明記)

7.新しき村の旗

「村の旗」は武者小路実篤がデザインしたもので、全人類同胞の思想・人類平和共生の理想を表現しています。各人種を象徴する色を合体したものを、海と空の青が包み込んでいます。この旗は、埼玉の新しき村にいつも掲げられています。「この門に入るものは自己と他人の生命を尊重しなければならない」という実篤書の門を通り抜けると目に入るのがそれです。新しき村の運動は、今ある村を単に拡大・発展させることだけが目標ではありません。この旗に表された精神が世界に広がり、方々の国の各地にこの理想による村が生まれ、そこに人々が心から喜んで生きられる。さらにその生活を見る人が、「どのように生きるのが本当の人間的生活か」を知ることができる。そんな風に、人類平和共生の理想を徐々に、また実際的に広げてゆくのが、私達の目標です。

平和のうちに変革を望む多くの思想の根底には、新しき村とほとんど同じ考え方があることが注目されます。それは全人類が共鳴できるものであり、武者小路実篤が言うところの「人類の意志」なのです。「村の旗」はその象徴です。


村の旗

8.新しき村についての参考書

『新しき村の誕生と生長』武者小路実篤著・渡辺貫二編
実篤の新しき村についての感想文の内、主要なものを収録。

(菊判・口絵30葉入り274ページ、1992年) 1500

『新しき村の80年』渡辺貫二編

80年間の具体的な事項を収録し、年々の推移発展を「読む年表」とした簡易村史。
A5判・口絵16ページ入り100ページ、1999年) 800

『新しき村五十年』永見七郎編

創立時からの総資料を集大成した満50周年記念出版の本。

(菊判・口絵17ページ入り505ページ・上製函入り、1968年) 5000

『人間らしく生きるために ―新しき村について―』武者小路実篤著・渡辺貫二編

実篤の新しき村について感想文からエッセンスを抽出し、まとめたもの。

(新書版・口絵16ページ入り289ページ、1994年) 500円

『新しき村に生きる ―自他共生を求めて45年― 渡辺貫二著』
戦後の新しき村の建設に功績のあった、故・村内会員の感想文集。
(菊判・口絵30ページ入り761ページ) 8000

『武者小路実篤九十年 ―年譜風略伝― 渡辺貫二編』
(菊版・91ページ、1995年) 1000

『武者小路実篤の著作 渡辺貫二編』
発行された実篤の全著書の発行日・判型・目次・装丁・出版社。
(菊版・125ページ、1995年)  1000円

『詩の花びら』詩=武者小路実篤、永見七郎編

(85ページ、1992年、新しき村東京支部木曜会)300

『詩の花びら 第二集』詩=武者小路実篤、永見七郎編
1994新しき村東京支部木曜会)300円

『新しき村詩集 関口弥重吉編』
新しき村創立以来の機関誌に発表された詩の名詩選。
2006年) 1000

『武者小路実篤の自画像―スケッチ帖より― 渡辺貫二編』
(菊版・93ページ、平成7年) 1000円

※本の価格は、税込みです。


新しき村についての参考書

<新しき村出版部の本>

石川清明感想集
新しき村/私のトルストイ/平和/言葉と教育
1200円

忍ぶ愛 上の巻・下の巻〈長編小説〉 岡田勲著
上・夜の電話/性を感じる頃/苦悩/不良少女
下・花が散る時/仮面人間/愛に渇きて ほか
各1500円

或る日ある時 ―安井豊彦詩文集―
安城の頃/旅にして/小さな山でも/誘われて ほか
1000円

※本の価格は、税込みです。


9.新しき村の年間集会

村外会員をはじめ、会員でない方の参加も歓迎します。

1月 新年会(第3日曜)
3月 新しき村評議員会・決算報告(第3日曜)
4月 花の会(合同慰霊祭、9日に近い日曜)
5月 武者小路実篤生誕祭(第2日曜。平成22年は、仙川ハーモニープラザ〈調布市仙川町1-6-10〉にて)
8月 労働祭(第2日曜までの一週間)
9月 新しき村創立記念祭(第3日曜)
11月 新しき村創立記念会(第2日曜、調布市東部公民館にて)
12月 新しき村評議員会・次年度予算決定(第3日曜、前夜は忘年会)



調布市東部公民館への道
(地図提供:調布市武者小路実篤記念館



創立88周年記念祭

10.新しき村への道

最寄の駅は、東武越生線「武州長瀬駅」です。村までは、歩いて20分位です。同駅からタクシーですと5分位です。
JR八高線「毛呂駅」からですと、タクシーで10分位です。


11.新村堂(新しき村東京支部)

101-0051 東京都千代田区神田神保町2-11 メゾン・ド・ヴィレ801号室 
電話 03-3261-4913(木曜会・月例会を開いている時間帯のみ通じます)

最寄の駅は、東京メトロ三田線・新宿線・半蔵門線「神保町駅」です。A1の出口からですと、歩いて1分もかかりません。
JR「水道橋駅」または「御茶ノ水駅」からですと、歩いて20分位です。



●木曜会
毎週木曜日午後7時〜9
(ただし、1月の第一木曜、12月の最終木曜には開きません。)

●月例会

毎月第一日曜日午後2時〜4時(ただし、1月は第二日曜に開きます。)

いずれも、思っていることを話したり意見を交換したりする、懇話会です。
新しき村に興味のある方のご参加も歓迎します。


木曜会の様子


12.財団法人「新しき村」寄付行為(抄)

昭和23127日 設立認可
昭和391127日 改正認可
昭和5259日 改正認可

23指令社教収第69
東京都北多摩郡三鷹町牟礼490
財団法人 新しき村 設立申請人
武者小路実篤

昭和23127日付申請 財団法人 新しき村設立の件 許可する。
昭和23311
埼玉県知事 西村実造印


財団法人「新しき村」寄付行為

1章 名称及び事務所

(名称)
1条 この法人は財団法人「新しき村」と称する。

(所在)
2条 この法人は事務所を埼玉県入間郡毛呂山町大字葛貫「東第一新しき村」に置く。

2章 目的及び事業

(目的)
3条 この法人は全ての人間が天命を全うし、その個性を完全に成長させることを理想とし、この理想を実現できる社会を、人間の自発的な正しい協力によって建設することを目的とする。

(事業)
4条 この法人は前記の目的を達成するため左の事業を行う。
1、完全協同経営による近代的農業を基幹とする「新しき村」の建設経営
2、「新しき村」精神の普及宣伝
3、出版その他文化事業
4、その他「新しき村」の目的達成上必要な事業


13.老いてますます喜べる生活

新しき村の生活の特色はあげればいろいろある。人間尊重、自然尊重、個性尊重、自由平等、絶対的平和主義、芸術性、宗教性の尊重等々しかしそれは何も新しき村の専売特許ではないわけで、健全な人間なら、社会なら誰もが望む所だと思う。しかしそれが誰にでも実行されるためには、すべての人が健全に長生きでき、自己完成の道を歩める条件が備えられなければならない。それを今の世に実現しようというのが新しき村である。
だから新しき村では、人間同志の生存競争を否定し、生きるためになくてならないものは共有共用を当然とし、おのずから共同生活に入ったのである。
私はだから村の特色を一つ一つ外してゆくと、最後に残るものは生きるための共働、助け合いを思想の上だけでなく、日常生活に自然に必然に実行しなければならない所にあると信ずる。

自分一人が幸福になることも不幸になることもできない生活、自分一人が頑張れば、自ずと全体の役に立つ生活、他人や社会にどうして役立つかと考える必要のない、自ずとそれができる生活、そういう中で、自分なりにベストを尽せば、何ものにも恥じることのない満足感を人間は得られるようにつくられている。それが私の五十余年間の村の生活の中で得て来た事実である。
そして年をとるに従って、本当の平和な喜び多い日々を恵まれるようになる。遠くない死を考えても深刻な恐怖も感ぜず、青春の日以上にやりたい仕事を持ち、一歩一歩進んでゆける。新しき村とはありがたい所だとしみじみ思うのである。(故・村内会員 渡辺貫二)

14.メールアドレス

お問い合わせはこちらまで
info@atarashiki-mura.or.jp


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